多様な声を聞き合う対話の場づくり:非暴力コミュニケーション応用事例とそのヒント
多様な背景を持つ人々が共に暮らす地域社会において、異なる意見や価値観を持つ人々が互いを尊重し、建設的な関係を築くことは、平和な地域づくりにとって不可欠です。しかし、日常のコミュニケーションにおいては、意図せず相手を傷つけてしまったり、自分の真意が伝わらなかったりすることがあります。このような対話の難しさに直面した際に有効なアプローチの一つとして、非暴力コミュニケーション(NVC: Nonviolent Communication)の考え方を応用した対話の場づくりが挙げられます。
この記事では、地域における対話促進を目指し、非暴力コミュニケーションの要素を取り入れたワークショップの実践事例をご紹介します。この事例から、多様な参加者との関わり方、限られたリソースでの実施、そして活動の活性化に繋がるヒントを探ります。
地域における対話促進ワークショップの実践事例
ある地域NPOが、多世代・多文化が共存する地域住民を対象に、「お互いの声を聞き合う対話ワークショップ」を実施しました。このワークショップは、参加者が安心して自分の意見や感情を表現し、他者の視点や感情を理解するスキルを身につけることを目的としていました。特に、地域で起こりがちな小さな軋轢や誤解を減らし、より良好な人間関係を築く一助となることを目指しました。
目的: * 参加者が自身の感情やニーズに気づき、それを言葉にする練習をする。 * 他者の感情やニーズに耳を傾け、共感的に理解する姿勢を育む。 * 意見の対立が生じた際に、攻撃的にならずに解決策を探る対話スキルを学ぶ。
対象者: 地域の高齢者、子育て世代、外国人住民、学生など、幅広い年代や文化背景を持つ住民約20名が参加しました。
具体的な手順:
- 導入(30分): アイスブレイクとして、簡単なペアワークで自己紹介を行いました。その後、ワークショップの目的と、ここで話された内容の秘密保持についてのグラウンドルールを確認しました。非暴力コミュニケーションの基本的な考え方(観察、感情、ニーズ、リクエストの4つの要素)について、イラストを用いた分かりやすい資料で概説しました。
- 「観察」と「解釈」の区別(45分): 具体的な出来事について、「見たまま・聞いたままの事実(観察)」と、「それに対する自分の評価や判断(解釈)」を区別する練習を行いました。例えば、「Aさんが会議に10分遅れてきた」という観察に対し、「Aさんはいつも時間にルーズだ」という解釈が生まれることを参加者に認識してもらいました。身近な地域での出来事を例に、グループで話し合いました。
- 感情と言葉(45分): 様々な感情を表す言葉のリストを配布し、特定の状況でどのような感情が生じるかを探るワークを行いました。「嬉しい」「悲しい」だけでなく、「もどかしい」「心細い」といった多様な感情に触れる機会としました。自分の感情を「〜と感じている」と表現する練習を行いました。
- ニーズの理解(45分): 人間が普遍的に持っているニーズ(安全、繋がり、尊重、休息など)について学びました。感情の背景には満たされている、あるいは満たされていないニーズがあることを理解し、「なぜ自分はそう感じるのだろう?」と内省する時間を持ちました。他者の感情の背景にあるニーズを推測する練習も行いました。
- ポジティブなリクエスト(30分): 相手への要求ではなく、関係性を築くための「リクエスト」の出し方について学びました。具体的に何をしてほしいかを明確に、かつ相手が「NO」と言う選択肢も尊重する形で伝える練習を行いました。
- 全体共有と振り返り(30分): 各ワークで気づいたことや難しかったことなどを全体で共有しました。日常生活でこれらのスキルをどのように活かせるか話し合い、感想を共有して終了しました。
使用したツールや資料: 非暴力コミュニケーションの4要素をまとめたワークシート、感情リスト、ニーズリスト、状況設定のためのカード(地域で起こりそうな事例)、模造紙、付箋。これらの資料の多くは、インターネット上の公開情報を参考に手作りしました。
参加者の反応と得られた成果: 参加者からは、「自分の感情に名前をつけるのが難しかったが、リストを見て少し分かった」「相手の言動の裏に、自分と同じような『分かってもらいたい』というニーズがあるのかもしれないと思えた」「地域のお祭りの準備で意見が対立した際に、感情的にならずに相手の意見を聞く余裕が少しできた気がする」といった声が聞かれました。短時間ではありましたが、自身のコミュニケーションのパターンを振り返り、他者への共感的な耳の傾け方を学ぶ第一歩となったようです。特に、多様な年代や外国人住民同士が、お互いの言葉にならない感情やニーズを推測し合おうとする姿勢が見られたことは大きな成果でした。
直面した課題とそれを乗り越えるための工夫点:
- 課題1:コミュニケーションスキルの習得の難しさ: NVCの考え方は理論的には理解できても、感情やニーズを正確に捉え、言葉にする実践は参加者にとって容易ではありませんでした。
- 工夫点: 短時間のワークショップでは深い習得は難しいと割り切り、あくまで入り口として紹介することに焦点を絞りました。繰り返し練習が必要であることを伝え、日常生活で意識するヒントを提供しました。また、希望者には関連書籍や動画を紹介しました。
- 課題2:特定の参加者の発言と他の参加者の沈黙: 積極的に発言する参加者がいる一方で、遠慮したり言葉の壁を感じたりして発言が少ない参加者もいました。
- 工夫点: 少人数グループでのワークを多く取り入れ、全員が発言しやすい環境を作りました。グループには多文化・多世代の参加者が均等になるよう配慮し、互いの意見に耳を傾けるようファシリテーターが積極的に促しました。外国人住民のために、必要に応じて平易な日本語を使ったり、簡単な図解を加えたりしました。
- 課題3:低コストでの実施: NPOとして活動資金には限りがあり、高価な教材や専門家を招くことは困難でした。
- 工夫点: 使用する資料は基本的な情報源を参考に手作りしました。会場は地域の公民館の無料スペースを利用しました。講師は、NVCの基本的な知識を持つNPOスタッフが務め、専門家ではないことを伝えた上で、参加者と共に学ぶ姿勢で臨みました。これにより、比較的低コストでワークショップを実施することができました。
読者が自身の活動に応用するためのヒント
この事例から、地域の平和教育や対話促進活動に応用できるいくつかのヒントが得られます。
- 多様な参加者への配慮:
- 言葉の壁や文化的な背景の違いを考慮し、図やイラストを多用したり、短い言葉で説明したりする工夫が有効です。
- 参加者が安心して話せるよう、少人数でのグループワークを取り入れ、ファシリテーターが積極的に声かけを行うことが重要です。
- 異なる年代や立場の人々が自然に交流できるよう、意図的にグループ編成を行うことも検討できます。
- 低コストでの実施:
- 公共施設や学校の空きスペースなど、無料または安価で利用できる会場を探しましょう。
- 教材や資料は、インターネット上の情報や既にある書籍などを参考に手作りすることで費用を抑えられます。イラストなどを活用すると、より分かりやすく、親しみやすいものになります。
- 活動内容に賛同してくれる地域のボランティアや学生などに協力を仰ぐことも、人的リソースを補う上で有効です。
- 活動を活性化させるアイデア(異文化・多世代交流の視点を含む):
- 抽象的な議論だけでなく、参加者の日常生活や地域で実際に起こっている出来事をテーマに取り入れると、より自分事として捉えやすくなります。
- 異なる文化や世代の背景にある価値観や習慣について、お互いに質問し合う時間を設けることで、異文化・多世代理解を深めるきっかけになります。
- ワークショップで学んだスキルを地域活動や日常生活で実践する機会を設けたり、振り返りの場を継続的に設けたりすることで、学びを定着させ、参加者同士の繋がりを深めることができます。例えば、定期的な「お茶飲み対話会」のような形式も考えられます。
まとめ
地域の多様な声を聞き合う対話の場づくりは、平和な共生社会を築く上で非常に重要な取り組みです。非暴力コミュニケーションのようなツールや考え方を応用することで、参加者は自身の内面と向き合い、他者への共感的な理解を深める機会を得ることができます。
ご紹介した事例は、大規模なものではなく、地域のリソースを活用して行われたものです。完璧なスキル習得を目指すのではなく、まずはお互いの感情やニーズに耳を傾けてみよう、という姿勢を育むことに焦点を当てるだけでも、地域における対話の質は変わってくるでしょう。
この記事で紹介した実践事例やヒントが、読者の皆様がそれぞれの地域や活動の場で、多様な人々が心を通わせる対話の場を創り出す一助となれば幸いです。