地域防災訓練を平和教育につなげる実践事例:共助のプロセスで多様性を学ぶヒント
はじめに
近年、自然災害の脅威が増す中で、地域における防災への意識が高まっています。同時に、少子高齢化や多様な背景を持つ人々が共に暮らす現代社会においては、災害発生時における「共助」の重要性が改めて認識されています。
本稿では、この地域防災への取り組みを、単に災害への備えとしてだけでなく、地域住民間の信頼関係を育み、多様な人々への理解を深める「平和教育」の機会として捉え直す実践事例をご紹介します。共助のプロセスを通じて、互いを尊重し支え合う関係性を地域に築くための具体的なヒントを探ります。
実践事例:多文化・多世代が参加する地域防災ワークショップ
ある地域では、従来の画一的な防災訓練では参加しづらいと感じていた外国人住民や高齢者、小さな子どもを持つ保護者などを対象に、「顔の見える関係づくり」を主眼とした参加型防災ワークショップを実施しました。
活動の目的
このワークショップの主な目的は以下の通りです。
- 災害時における地域住民間の共助意識と実践力の向上。
- 多文化・多世代を含む多様な住民間の相互理解と信頼関係の構築。
- 平時からの地域コミュニティにおける安心感と連帯感の醸成。
- 防災を共通テーマとした、言語や文化を超えた交流の促進。
対象者と具体的な手順
地域住民全般を対象としましたが、特に外国人住民、高齢者、子育て世代、障がいのある方やその家族への参加を積極的に呼びかけました。
ワークショップは数回シリーズで開催されました。
- アイスブレイクと自己紹介: 参加者がリラックスして話せる雰囲気作りを重視しました。簡単なゲームや、出身地、好きなもの、防災に関して心配なことなどを共有する時間を設けました。多言語でのサポートや、言葉に頼らない自己紹介の方法も取り入れました。
- 地域のハザードマップ確認と危険箇所の共有: 地域のハザードマップを一緒に確認し、自宅周辺や避難経路の危険箇所について参加者同士で情報交換を行いました。異なる視点からの発見があり、地域の防災課題を「自分ごと」として捉えるきっかけとなりました。
- 災害時シミュレーションワーク: 特定の災害シナリオに基づき、「もし今、災害が起きたら?」という問いに対し、個人、家族、そして地域としてどのように行動するかをグループで話し合いました。異なる立場の人が直面する困難(例: 言葉の壁、移動の困難、情報の取得方法)を共有し、互いにどのようなサポートが必要か具体的に検討しました。
- 「私の得意なこと・できること」共有: 参加者それぞれが、災害時に地域のためにできること(例: 語学、料理、医療知識、運転、力仕事、傾聴など)を書き出し、共有する時間を設けました。これにより、互いの強みを知り、助け合いの可能性を具体的にイメージできるようになりました。
- 避難所生活の課題と工夫: 避難所での共同生活を想定し、プライバシー、衛生、食事、情報の伝達、子どものケア、多様なニーズへの配慮など、起こりうる課題について話し合い、快適に過ごすためのアイデアや工夫を出し合いました。
- 「共助マップ」作成: ワークショップで共有された地域の危険箇所、安全な場所、協力できる人の情報などを地図上に書き込む「共助マップ」を共同で作成しました。これは視覚的に地域の支え合いの可能性を示すツールとなりました。
使用したツールや資料
- 多言語対応のワークシートや案内資料
- 地域のハザードマップ、白地図
- 災害シミュレーション用のシナリオカード
- 模造紙、付箋、カラーペンなどワークショップ用具
- タブレット端末での情報検索サポート(必要に応じて)
参加者の反応と得られた成果
参加者からは、「今まで話したことのなかった近所の人と話すきっかけになった」「外国人住民の視点を知り、自分たちの備えがいかに不十分だったかに気づいた」「災害時だけでなく、普段から困ったときに頼り合える関係を築きたいと思った」といった声が聞かれました。
成果としては、参加者間のネットワークが広がったこと、地域の防災課題に対する共通認識が深まったこと、そして何よりも、多様な人々と共に課題を乗り越えようとする「共助」の意識が育まれたことが挙げられます。防災への備えという具体的な行動を通じて、互いの違いを認め、支え合う平和なコミュニティづくりに向けた一歩を踏み出すことができました。
直面した課題と乗り越えるための工夫点
- 多様な参加者の募集と継続的な参加: 特定の層(若い世代、日中仕事で忙しい層など)への周知や参加促進が課題でした。広報媒体を増やしたり、参加しやすい時間帯や場所を検討したり、地域のお祭りなど既存のイベントと連携したりする工夫を行いました。
- 言語や文化の壁: 外国語が苦手な参加者も多いため、多言語対応の資料準備に加え、絵や写真を用いたり、ジェスチャーや簡単な日本語を使ったりと、言葉に頼りすぎない進行を心がけました。また、必要に応じて通訳ボランティアの協力を得ました。
- 異なる意見やペースへの対応: 多様な背景を持つ人が集まるため、意見の相違や理解のスピードのばらつきが見られました。ファシリテーターが一方的に進めるのではなく、参加者同士が互いの意見に耳を傾け、学び合うプロセスを重視しました。時間配分にゆとりを持ち、休憩時間にも交流を促すようにしました。
- 活動資金の確保: 継続的なワークショップ開催には資金が必要でした。行政の助成金申請や、地域の企業・団体への協力依頼、クラウドファンディングなどを検討・実施しました。また、身近にあるもの(空き箱を使った簡易シェルター作りなど)を活用するなど、低コストで実施できるプログラムを取り入れました。
読者が自身の活動に応用するための具体的なヒント
本事例から、読者の皆様の活動に応用できるヒントをいくつかご紹介します。
- 既存の地域活動との連携: 既に地域で行われている防災訓練、自治会活動、高齢者サロン、国際交流イベントなどに、平和教育や共助の視点を組み込むことから始めてみてはいかがでしょうか。ゼロから立ち上げるよりも、既存のネットワークやリソースを活用しやすい場合があります。
- 「共助」を具体的な行動に落とし込むワーク: 災害時の共助の必要性は多くの人が理解していますが、具体的に「誰が誰に、何を、どのように支援できるか」を考えるワークは、漠然とした意識を具体的な行動イメージに変えるのに役立ちます。互いの得意なことや困りごとを共有する安全な場を設けることが重要です。
- 多様な参加者への配慮:
- 情報保障: 使用言語、読み書きの能力、視覚・聴覚の特性などに配慮した情報提供(多言語、ピクトグラム、大きな文字、ルビ、音声情報など)を心がけましょう。
- 参加しやすい環境: 会場へのアクセス、段差の有無、多目的トイレ、託児スペースの有無、参加費の負担軽減など、誰もが安心して参加できる物理的・経済的な環境を整備しましょう。
- 心理的な安全性: 互いの違いを認め、否定的な意見を言われない、安心して発言できる場の雰囲気作りが最も重要です。ファシリテーターは、すべての参加者が尊重されていると感じられるよう配慮する必要があります。
- 低コストで実現するアイデア:
- 地域の公共施設(公民館、学校など)の無償・低額利用。
- ボランティアスタッフや専門家(消防士、地域包括支援センター職員など)との連携。
- 身近な素材(段ボール、新聞紙など)を活用したワークショップ内容。
- 行政やNPOが作成した既存の防災資料やプログラムの活用。
- 異文化・多世代交流の促進:
- グループ分けの工夫(意図的に異なる背景の人を組み合わせる)。
- 共通の作業やゲームを取り入れる(言葉の壁を越えやすい活動)。
- 互いの文化や経験を共有する時間を設ける(料理、歌、地域の習わしなど)。
- 若い世代にはSNSでの情報発信やデジタルツールの活用、高齢者には地域の知恵や経験の共有など、それぞれの世代の得意なことを活かせる役割を与える。
- 成果の可視化と共有: 作成した共助マップを地域の公共スペースに掲示したり、活動報告書を作成して配布したりすることで、参加者以外にも活動の成果を共有し、地域全体の防災意識・共助意識の向上につなげることができます。
まとめ
地域における防災活動は、災害への物理的な備えであると同時に、多様な人々が共に生きる社会で互いを理解し支え合う関係性を育む、重要な平和教育の機会となり得ます。本稿でご紹介した事例のように、防災を切り口にすることで、普段は平和や人権といったテーマに関心が薄い層にもアプローチできる可能性があります。
「共助」のプロセスを通じて、異なる背景を持つ人々が互いの存在を認め、強みを活かし合い、共に困難に立ち向かう経験は、地域社会における平和な関係性を築く上で貴重な学びとなります。課題はありますが、丁寧な準備と参加者への配慮、そして既存のリソースやネットワークの活用によって、多くの地域で応用可能な取り組みと言えるでしょう。皆様の地域での活動において、この事例やヒントが少しでもお役に立てれば幸いです。地域における「平時からの共助」を通じた平和づくりの輪が広がることを願っています。