地域資源を活用した平和マップ作成ワークショップの実践事例:参加型学習を促す方法と応用へのヒント
はじめに
平和を学ぶ活動は、教科書の中だけでなく、私たちが暮らす身近な地域の中にも多くの手がかりを見出すことができます。特に、地域に根差した活動は、参加者にとって身近な事柄として平和を捉え、自分たちの手で地域をより良くしていく主体性を育む機会となります。本記事では、地域資源を活用した平和教育プログラムの一環として実施された「平和マップ作成ワークショップ」の具体的な実践事例を取り上げ、その企画・実施のポイントや、多様な参加者が主体的に関わるための工夫、少ない予算で実現するためのヒントを探ります。
実践事例:多世代が地域の平和を「見える化」するワークショップ
ここで紹介する事例は、ある地域のNPOが企画・実施した平和マップ作成ワークショップです。
目的と対象者
このワークショップの主な目的は、参加者が自分たちの暮らす地域の身近な場所に存在する「平和」や、その反対となる「不和」あるいは「課題」の要素を発見し、それらを可視化することで、地域の平和について多角的に考えるきっかけを提供することでした。また、様々な世代や立場の人々が共に話し合い、互いの視点や経験を共有する異世代交流の場を創出することも重要な目的の一つでした。
対象者は、地域の小中学生、その保護者、そして地域の高齢者や活動家など、幅広い層を想定しました。多様な視点を取り入れることで、より豊かな学びが生まれると考えたためです。
実施概要と準備
会場は、地域の公民館の一室を利用しました。自治体の施設であるため、比較的安価に利用することができました。準備物としては、地域の大きな白地図、様々な色の付箋、ペン、マジック、模造紙、参加者向けの簡単なワークシートなどを用意しました。
低コストで実施するための工夫として、白地図は自治体から提供されたものや、市販の大きな地図を拡大コピーしたものを用いました。付箋やペンは100円ショップなどで手に入る一般的なものを使用し、特別な高価な機材や資料は使用しませんでした。ワークシートはパソコンで作成し、自宅のプリンターで印刷するなど、手作り感を活かしつつ費用を抑えました。
ワークショップの具体的な手順
ワークショップは以下の流れで進められました。
- 導入・アイスブレイク: 参加者同士の緊張をほぐし、安心して話せる雰囲気を作るため、簡単な自己紹介やペアワークを行いました。「あなたの好きな地域の場所は?」といった身近な問いかけから始め、参加者の関心を引きつけました。
- 「平和」と「不和」の視点共有: 「平和な場所ってどんなところだろう?」「地域で気になること、もっとこうなったらいいのにと思う場所は?」といった問いかけを通じて、「平和」や「不和」といった概念を、参加者自身の経験や感覚に基づいて話し合う時間を取りました。抽象的な定義ではなく、具体的な場所や出来事を挙げてもらうように促しました。
- 個人ワーク「私の平和・不和マップ」: 参加者一人ひとりに地域の小さな白地図と付箋を配り、自分が感じる「平和な場所」や「気になる場所(不和を感じる場所や課題)」に印をつけ、簡単な理由を付箋に書き込んでもらいました。絵や短い言葉でも良いことを伝え、表現しやすいように配慮しました。
- グループワーク「みんなの平和マップ作成」: 4〜5人の少人数グループに分かれ、机の上に大きな白地図を広げました。個人ワークで作成した付箋を持ち寄り、互いの意見を共有しながら、グループとして大きな白地図の上に付箋を貼り付けていきました。なぜそこに印をつけたのか、どんな場所なのかを話し合い、必要に応じて模造紙に補足情報や意見を書き加えました。ここでのポイントは、異なる意見も否定せず、全てを地図の上に「見える化」することでした。ファシリテーターは、すべての参加者が発言できるように促し、意見の対立が生じた場合には、それぞれの立場や背景に耳を傾ける姿勢をサポートしました。
- 全体発表・共有: 各グループが作成したマップや模造紙の内容を発表し、全体で共有しました。他のグループの発表を聞くことで、自分とは異なる視点や、これまで気づかなかった地域の側面を発見する機会となりました。
- まとめと振り返り: ワークショップ全体を通して感じたこと、新しく気づいたこと、これから地域でやってみたいことなどを自由に話し合いました。参加者からは、「普段何気なく通り過ぎていた場所に、こんなにも多様な見方があることに驚いた」「違う世代の人と話せて楽しかった」「自分の意見が地図の上に形になって嬉しい」といった感想が聞かれました。
参加者の反応と得られた成果
このワークショップは、多様な参加者がそれぞれの立場で地域の平和について考え、語り合う貴重な機会となりました。子どもたちは、公園や学校といった身近な場所から、高齢者からは昔ながらの地域の繋がりや失われつつある風景に関する視点、子育て世代からは子育てしやすい環境や防犯に関する視点など、様々な意見が活発に交換されました。
特に、異なる世代の参加者が一つの地図を囲んで話し合う中で、互いの経験や価値観の違いを知り、理解を深める様子が見られました。単なる情報の羅列ではなく、「なぜそう感じるのか」という背景に触れることで、表面的な意見の相違を超えた共感が生まれる場面もありました。
得られた成果としては、参加者一人ひとりが地域の平和について主体的に考える視点を得たこと、世代を超えた交流が生まれたこと、そして、参加者の視点から見た地域の「平和な場所」や「課題のある場所」が地図上に可視化されたことが挙げられます。この可視化された情報は、今後の地域の課題解決に向けた話し合いや活動の出発点としても活用できる可能性を示しました。
直面した課題と解決のための工夫
ワークショップ実施にあたり、いくつかの課題にも直面しました。
- 意見の偏り: 特定の参加者だけが積極的に発言し、他の参加者が遠慮してしまう傾向が見られました。
- 工夫点: 少人数グループでの話し合いの時間を長く取ることで、大人数の前では話しにくい人も意見を出しやすくしました。また、ファシリテーターが各グループを回り、一人ひとりに「何か気づいたことはありますか?」などと声をかけ、発言を促しました。
- 抽象的な概念の理解: 特に低学年の子どもたちにとって、「平和」や「不和」といった言葉の意味を捉えるのが難しい場合がありました。
- 工夫点: 言葉での説明だけでなく、「安心できる場所」「不安な場所」といったより具体的な表現に置き換えたり、絵や写真を見せたりするなどの工夫をしました。また、ワークショップ全体を通して、難しい言葉を使わず、分かりやすい表現を心がけました。
- 限られた時間での深掘り: 設定された時間内で、参加者それぞれの思いや意見を十分に深掘りすることの難しさがありました。
- 工夫点: 事前に簡単なアンケートを実施したり、ワークシートを工夫したりすることで、ワークショップ開始前に参加者の予備的な考えを引き出す準備を行いました。また、ワークショップ後も、希望者には作成したマップや意見を共有できるオンラインフォーラムへの参加を呼びかけるなど、継続的な対話の機会を設けました。
読者が自身の活動に応用するためのヒント
この事例から、皆様の活動に応用できるいくつかのヒントを抽出します。
- 地域資源の活用: 平和学習は特別な場所や資料がなくても可能です。地域の公園、歴史的な場所、商店街、人々が集まる場所など、身近な地域資源を「平和」の視点から見つめ直すことで、多様な学習機会を生み出せます。
- 参加型・体験型の手法: 講義形式だけでなく、マップ作成、まち歩き、ロールプレイング、アート表現など、参加者が主体的に考え、体を動かし、表現する手法を取り入れることで、深い学びと満足感を得られます。特に、多様な意見を「見える化」する手法は、互いの違いを認め合うきっかけとなります。
- 多世代・異文化交流の促進: 異なる世代や文化背景を持つ人々が集まる場を意図的に設けることで、多様な視点や価値観に触れる機会が生まれます。共通のテーマ(この事例では地域の平和)について語り合うことは、相互理解を深める上で非常に有効です。少人数でのグループワークは、こうした交流を促進する上で効果的な手法です。
- 低コストでの企画実施: 高価な教材や設備がなくても、アイデア次第で質の高い平和教育プログラムは実施可能です。自治体の公共施設や地域のボランティアの協力を得る、身近にあるものや手作りできるものを活用するなど、工夫次第で予算を抑えることができます。重要なのは、参加者の学びたい意欲と、それをサポートする企画側の熱意です。
- ファシリテーションの重要性: 多様な意見を引き出し、参加者同士の対話を促進するためには、円滑なファシリテーションが不可欠です。全ての参加者が安心して発言できる雰囲気作り、意見の対立を乗り越え建設的な話し合いへと導くスキルが求められます。
まとめ
地域資源を活用した平和マップ作成ワークショップは、参加者が自らの足元から平和を考え、地域への愛着を深め、多様な人々と交流する豊かな学びの機会を提供します。単に知識を習得するだけでなく、主体的な発見と共創のプロセスを通じて、参加者一人ひとりが地域の平和創造の一員であるという意識を育むことが期待できます。
紹介した事例はあくまで一例であり、地域の特性や参加者の層に応じて様々なアレンジが可能です。本記事で提示した実践事例や応用へのヒントが、皆様が地域で平和を学び、そして創る活動を企画・実施される上で、少しでもお役に立てれば幸いです。皆様の活動が、それぞれの地域における平和な未来の実現に繋がることを願っております。