平和教育にデザイン思考を取り入れる:参加型ワークショップ事例と応用ヒント
平和教育の実践において、参加者の内発的な気づきや行動変容を促す創造的かつ参加型の学びの機会は重要です。特に地域社会での活動では、多様な背景を持つ人々が主体的に関わり、共に平和や共生について考え、具体的な行動に繋げることが求められます。このような活動において、デザイン思考のアプローチは有効な視点を提供します。
デザイン思考は、本来は製品やサービスの開発に用いられる手法ですが、人間のニーズへの共感から始まり、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ作成、テストというプロセスを経て、創造的な解決策を生み出す枠組みです。このプロセスは、他者への深い理解、隠れた課題の発見、既成概念にとらわれない発想、そして試行錯誤による改善といった要素を含んでおり、まさに平和や共生を学ぶ上で必要となる姿勢やスキルと共通する部分が多くあります。
ここでは、デザイン思考のプロセスを応用し、地域の多世代が共に学び、新たな繋がりを生み出すことを目指した平和教育ワークショップの事例をご紹介します。
実践事例:地域をつなぐ「デザイン思考」ワークショップ
このワークショップは、地域における世代間のコミュニケーション不足や互いの関心の薄さといった課題に対し、参加者が主体的に関わり方や交流の機会をデザインすることを目指して企画されました。
- 目的: 地域住民(特に小学生、その保護者、高齢者)がデザイン思考のプロセスを体験し、互いの立場への理解を深め、世代を超えた繋がりや地域におけるより良い関わり方を創造的に考える。
- 対象者: 地域に住む小学生とその保護者、および地域のお年寄り(約30名、複数の世代を含む)。
- 期間・場所: 半日(3〜4時間)で完結するワークショップ。会場は地域の公民館の多目的室。
- 使用したツール: 付箋、模造紙、ペン、簡単な工作材料(折り紙、画用紙、粘土、空き箱など)、タイマー、進行表、インタビューの問いかけ例を記載したシート。
ワークショップの具体的な手順
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導入(約15分):デザイン思考とは何か、ワークショップの目的
- 今日のワークショップの目的を共有。
- デザイン思考の基本的な考え方(「共感」から始まり、試行錯誤を重ねる)を、身近な例えを用いて分かりやすく説明。答えをすぐに出すのではなく、みんなで一緒に考えることの楽しさを伝える。
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ステップ1:共感 (Empathize) - 互いの世界を知る(約60分)
- 参加者を異世代・異文化(もしあれば)が混ざるようにグループ分け(5〜6名×5グループ)。
- グループ内でペアを作り、互いに簡単なインタビューを実施。「最近嬉しかったこと」「地域の中で気になっていること」「子どもの頃の遊び」「今ハマっていること」など、プライベートな側面や地域への思いを聞き合う。インタビューシートの問いかけ例はあくまで補助。
- インタビューで聞いたことをグループ内で共有。付箋に一人ひとりの「気づき」「発見」「印象に残った言葉」などを書き出し、模造紙に貼り出す。「へぇ!」「そうなんだ!」といった声を引き出すファシリテーションを意識。
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ステップ2:課題定義 (Define) - 本当の課題を見つける(約45分)
- ステップ1で共有した内容を見返しながら、グループとして「地域でもっとこうなったらいいのに」「こういう点で困っている人がいるのかもしれない」といった、「課題」や「願い」の種を探す。
- 見えてきた課題を具体的な問いの形に落とし込む。「どうすれば、子供たちがお年寄りに気軽に話しかけられるだろう?」「どうすれば、地域の人たちがもっと安心して暮らせるだろう?」など。最も関心のある問いをグループのテーマとして選ぶ。
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ステップ3:アイデア創出 (Ideate) - 解決策を考える(約45分)
- ステップ2で設定した問いに対し、グループで自由にアイデアを出し合う(ブレインストーミング)。「こんなこと無理かな?」と思える突飛なアイデアも歓迎する雰囲気作り。付箋にアイデアを一つずつ書き出し、模造紙に貼り出す。
- 他のグループのアイデアも見て回り、刺激を受ける時間を設ける。
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ステップ4:プロトタイプ作成 (Prototype) - アイデアを形にする(約45分)
- 出たアイデアの中から、グループで「これだ!」と思うものを一つ選び、短時間で「かたち」にする。寸劇、絵、簡単な模型、ポスター、歌の歌詞、イベントの企画書風シートなど、何でも良い。完成度よりも「アイデアを表現する」ことを重視。手元にある低コストな材料を工夫して使う。
- 進行役は各グループを回り、必要に応じてサポートや声かけを行う。
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ステップ5:テスト (Test) - 見せて、伝えて、フィードバックをもらう(約30分)
- 各グループが作成したプロトタイプを発表。他のグループはそれを見て、良い点、面白いと思った点、「もっとこうしたら?」といった改善点などをフィードバックする。
- 発表とフィードバックを通じて、アイデアをさらに深めたり、新たな気づきを得たりする。
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まとめ(約15分)
- ワークショップ全体を振り返り、デザイン思考のプロセスを通じて感じたこと、学んだこと、気づいたことなどを共有。
- このワークショップで生まれたアイデアを今後どう活かせるか、簡単な行動計画を話し合うグループも。
- 参加者への感謝を伝え、終了。
参加者の反応と成果、課題、工夫点
- 参加者の反応・成果:
- 最初は緊張していた参加者も、インタビューやブレインストーミングが進むにつれて積極的に関わるようになった。
- 特に異世代間のペアでのインタビューでは、互いの日常や価値観の違いに気づき、共感する場面が多く見られた。「お年寄りがこんなに昔の遊びに詳しかったなんて!」「子供たちがこんなに地域のことを考えているとは思わなかった」といった声があった。
- アイデア出しでは、世代それぞれの視点からのユニークな発想が生まれ、面白がりながら取り組んでいた。
- プロトタイプ発表では、互いのアイデアや工夫に刺激を受け合っていた。
- ワークショップ後、「地域の人と話すハードルが下がった」「他の世代への見方が変わった」「今度はお年寄りの〇〇さんに話しかけてみたい」といった感想が聞かれた。いくつかのグループからは、生まれたアイデアを実際に地域で実現したいという意欲も見られた。
- 直面した課題:
- デザイン思考のプロセス(特に「共感」から「課題定義」への流れ)を初めて体験する参加者にとって、抽象的な説明だけでは理解が難しかった。
- アイデア発散のステップで、発想が広がりにくいグループもあった。
- 限られた時間内でプロトタイプを「形にする」ことの難しさ。
- 乗り越えるための工夫点:
- デザイン思考の各ステップの説明は、専門用語を避け、具体的な問いかけや身近な例(「困りごとを解決する方法をみんなで考える時間だよ」など)を用いて分かりやすく伝えた。プロセス全体を図解した資料も配布した。
- アイデア発散の前には、簡単な連想ゲームのようなウォーミングアップを取り入れたり、他のグループの模造紙を見て回る時間を設けたりして、発想のきっかけを提供した。
- プロトタイプ作成では、完璧を目指さず、「アイデアを伝えるための一番簡単な形は何か?」をグループで話し合うよう促した。紙芝居でも、絵だけでも、寸劇だけでも良いことを強調した。
- ファシリテーターは、各グループをこまめに巡回し、参加者の様子を見ながら声かけや助言を行った。特定の参加者に発言が偏らないようバランスを取った。
地域活動への応用ヒント
この事例から、デザイン思考のアプローチを地域の平和教育活動に応用するためのいくつかのヒントが見出せます。
- 多様な参加者への配慮:
- デザイン思考のプロセスは、年齢や経験に関わらず、誰でも参加しやすい形式(話す、聞く、書く、描く、作る)を含んでいます。説明は平易な言葉で行い、視覚的なツール(図や写真)を活用することが有効です。
- グループ編成は意図的に多様な属性(世代、立場、居住年数など)が混ざるように設計することで、普段関わらない人との交流を促し、多様な視点を取り入れることができます。
- インタビューやアイデア出しの際に、発言が苦手な方でも付箋に書き出す、絵を描くといった形で参加できるよう促す工夫が必要です。
- 少ない予算で実施する工夫:
- デザイン思考に必要な基本的なツール(付箋、紙、ペンなど)は比較的安価に入手可能です。
- プロトタイプ作成の材料は、身近な廃材や100円ショップなどで手に入るものを活用できます。
- 会場は、地域の公民館や学校の空き教室など、無料または低額で利用できる場所を探しましょう。
- 運営はボランティアスタッフの協力を得ることで、人件費を抑えることが可能です。ワークショップの意図やプロセスを事前にスタッフ間で共有し、ファシリテーションスキルを高める研修を行うとより効果的です。
- 活動を活性化させるアイデア(異文化・多世代交流の視点を含む):
- 「共感」を深める工夫: 単なる自己紹介に留まらず、互いの日常や地域への思いを深く聞く時間を設けることで、参加者の当事者意識や他者への関心を高めます。インタビューやストーリーテリングの手法を取り入れることが有効です。
- 「問い」を立てるプロセス: 地域にある漠然とした課題を、具体的な「問い」にすることで、参加者は自分事として捉え、アイデア創出に取り組みやすくなります。ポジティブな問い(「どうすればもっと〜できるか?」)にすると、前向きな雰囲気を醸成できます。
- アイデアを「形にする」楽しさ: プロトタイプ作成は、アイデアを具体化し、他者と共有するための重要なステップです。工作、寸劇、絵、歌など、様々な表現方法を許容し、参加者が自由に創造性を発揮できる環境を提供します。異文化の背景を持つ参加者がいれば、その文化にちなんだ表現方法を取り入れる提案も面白いかもしれません。
- フィードバックを通じた学び: テストのステップでのフィードバックは、一方的な評価ではなく、共にアイデアをより良くするための対話として位置づけます。「良い点」「気になった点」「もっと知りたい点」など、具体的な視点を提供すると建設的な意見交換が進みます。
- 継続への繋がり: ワークショップで生まれたアイデアや繋がりを単発で終わらせず、今後の地域の活動にどう活かせるか、参加者と共に考える機会を設けることが、学びを行動に変える上で重要です。
まとめ
デザイン思考のアプローチは、「共感」から始まり「試行錯誤」を重ねるそのプロセス自体が、多様な他者への理解を深め、身近な課題を主体的に捉え、解決策を創造的に生み出すという、平和教育において非常に示唆に富むものです。特に、多様な背景を持つ人々が集まる地域での活動において、参加者一人ひとりがそれぞれの視点を持ち寄り、互いの違いを認め合いながら、共に考え、共に創り出す経験は、共生社会を築く上でかけがえのない学びとなります。
今回ご紹介したワークショップ事例のように、デザイン思考の基本的なステップを参考に、皆さんの活動の目的や対象者に合わせて内容を工夫することで、参加者の主体的な学びを引き出し、地域の平和創造に繋がる新たな可能性を開くことができるでしょう。身近な素材や場所を活用し、創造的なプロセスを通じて、ぜひ皆さんの地域で平和を学ぶ、平和を創る活動を実践してみてください。