地域の多様な声を集める参加型プロジェクト:聞き書き・インタビューを通じた平和学習とその応用ヒント
平和教育は、単に歴史上の出来事を学ぶだけでなく、現在そして未来に向けて、私たちがどのように共生していくかを考える活動です。地域社会における平和教育において、多様な背景を持つ人々の「声」に耳を傾けることは、相互理解を深め、共感の輪を広げる上で極めて重要なアプローチと言えます。本稿では、地域住民への聞き書きやインタビューを手法として取り入れた参加型平和学習プロジェクトの実践事例を紹介し、その企画・実施にあたっての具体的なヒントや工夫点について考察します。
地域住民の「声」に耳を傾ける平和学習の意義
地域には、様々な経験や価値観を持つ人々が暮らしています。高齢者、外国人住民、障がいのある方々、若者など、それぞれの立場から見た地域の歴史、現在の暮らし、未来への願いは多様です。これらの多様な「声」に耳を傾け、記録し、共有する活動は、参加者自身が地域の奥深さを知り、見過ごされがちな課題や価値観に気づく貴重な機会となります。
聞き書きやインタビューを平和学習に取り入れることの意義は、以下の点にあります。
- 主体性の育成: 参加者が「学ぶ側」から「聞く側」「記録する側」へと主体的に関わることで、学ぶ意欲が高まります。
- 傾聴力・共感力の向上: 相手の話に真摯に耳を傾け、理解しようと努めるプロセスを通じて、コミュニケーションの基本的なスキルである傾聴力や共感力が育まれます。
- 多様性の発見と尊重: 様々な背景を持つ人々の話を聞くことで、多様な価値観や生き方があることを実感し、それを尊重する態度を養います。
- 地域への愛着と貢献意識の醸成: 自分が暮らす地域の人々の話を聞くことで、地域への愛着が深まり、地域の一員として関わる意識が生まれます。
- 歴史の継承と新しい視点の創造: 個人の語りの中に埋もれた地域の歴史や出来事を掘り起こし、それを記録・共有することで、歴史の継承に貢献しつつ、新しい視点から地域を見つめ直す機会を提供します。
実践事例:地域を織りなす「声」のタペストリー・プロジェクト
ここでは、筆者らが企画・運営に関わった、地域の中高生と大人が協働で行う聞き書きプロジェクトを事例として紹介します。
プロジェクトの目的と概要
このプロジェクトの目的は、地域に暮らす多様な人々のライフヒストリーや地域への思いを聞き書きし、冊子や展示としてまとめ、地域全体で共有することでした。参加者は聞き書きの手法を学び、自らインタビュー対象者を探し、アポイントを取り、聞き書きを行い、文章化する一連のプロセスを体験しました。
- 対象者: 地域の中高生、大学生、一般市民(参加者)。インタビュー対象者は地域に暮らす高齢者、外国人住民、商店主、地域の活動家など、多様な背景を持つ方々。
- 期間: 約半年間(週1回の講座、各自での聞き書き活動、執筆・編集期間を含む)。
- 実施場所: 公民館、学校、参加者の自宅やインタビュー対象者の居場所など。
具体的な手順と内容
- オリエンテーションと事前講座: プロジェクトの目的や全体像を共有。聞き書きの意義、基本的な手法、インタビューの倫調(倫理的配慮)について学びました。元新聞記者やドキュメンタリー作家など、専門家による講義を取り入れました。
- テーマ設定とインタビュー対象者候補の選定: 参加者自身が「どんな人の話を聞いてみたいか」「地域の中で知りたいことは何か」をグループで話し合い、聞き書きのテーマや対象者候補を考えました。事務局からは、地域の高齢者施設や外国人支援団体など、協力可能な団体の情報を提供しました。
- インタビュー依頼と準備: 対象者への依頼文作成、アポイントの取り方、質問項目の準備を行いました。アイスブレイクの方法や、相手が話しやすい雰囲気を作るためのロールプレイングも行いました。
- 聞き書きの実施: 参加者がペアになり、対象者の自宅や地域のカフェなどで実際にインタビューを実施しました。録音の許可を得て、ICレコーダーとノートの両方で記録を取りました。
- 記録の整理と文章化: 録音を聞き直し、ノートと照らし合わせながら記録を整理しました。印象的なエピソードや言葉を抜き出し、対象者の語りを尊重しつつ、読みやすい文章にまとめました。
- 校正と対象者の確認: 作成した原稿を参加者同士で読み合い、推敲しました。完成した原稿は必ずインタビュー対象者本人に確認していただき、内容の正確性や公開の可否について最終的な同意を得ました。
- 成果物の作成と発表: 聞き書きをまとめた冊子を印刷し、地域の図書館や公民館に寄贈しました。また、成果発表会を開催し、参加者が自分の聞き書きを通して感じたことや学びを共有しました。一部の聞き書きは、ウェブサイトや地域のミニコミ誌にも掲載しました。
参加者の反応と得られた成果
参加者からは、「最初は緊張したが、話を聞くうちに相手の人生に引き込まれた」「自分の知らなかった地域の歴史や生活を知ることができた」「人の話を聞くことの難しさと楽しさを学んだ」「身近な人に改めて話を聞いてみようと思った」といった声が聞かれました。
プロジェクトの成果として、参加者の傾聴力やコミュニケーション能力の向上、地域への関心の高まりが挙げられます。また、収集された聞き書きは、地域の多様な側面を記録した貴重な資料となり、冊子や展示を通して地域住民の間で共有され、世代や背景を超えた緩やかな繋がりを生み出す一助となりました。
直面した課題と乗り越えるための工夫
- インタビュー対象者の確保: 多様な対象者を探し、協力を依頼することに苦労しました。→地域の社会福祉協議会やNPO、町内会連合会など、様々な団体に事前に協力をお願いし、候補者を紹介していただくルートを確保しました。
- 参加者の執筆スキル: 聞き書きした内容を文章にまとめる作業に慣れない参加者もいました。→経験豊富なボランティア編集者や、文章講座の講師に協力をお願いし、個別のサポートや執筆ワークショップを実施しました。
- 録音や文字起こしの負担: 長時間のインタビューの記録整理は時間と労力がかかります。→文字起こしボランティアを募集したり、無料の自動文字起こしツールを紹介したりしました。また、インタビューの録音は必須とせず、メモだけでも良いとする選択肢も用意しました。
- 継続的な参加の維持: 半年という長い期間、参加者のモチベーションを維持することが課題でした。→中間発表会を設けたり、参加者同士が活動の進捗を共有し合えるオンライングループを作ったり、交流を深めるための懇親会を企画しました。
読者が自身の活動に応用するためのヒント
この事例から、読者の皆様の地域活動に応用できるヒントをいくつかご紹介します。
1. 多様な参加者への配慮
- 段階的なアプローチ: いきなり本格的な聞き書きが難しい場合は、まず身近な家族や友人への簡単なインタビューから始めるなど、参加者の経験や関心に合わせて段階を設けてください。
- 役割の多様化: 聞き書きだけでなく、写真撮影、イラスト作成、レイアウトデザイン、広報など、様々な役割を用意することで、多様なスキルや関心を持つ人がプロジェクトに関われるように工夫します。
- 多言語対応: 外国人住民への聞き書きを行う場合は、通訳のサポートを手配したり、多言語での成果物作成を検討したりします。
2. 少ない予算で実施する工夫
- 既存の資源を活用: 公民館や学校の会議室、地域のカフェスペースなど、既存の公共スペースや協力店舗を活用します。
- デジタルツールの利用: スマートフォンでの録音、無料の文字起こしアプリ、ブログやSNSでの成果公開など、費用のかからないデジタルツールを積極的に利用します。
- ボランティアの協働: 企画・運営、講師、編集、広報など、地域住民や専門家ボランティアの協力を得ます。
- 助成金の活用: NPOや地域活動向けの助成金に応募することも視野に入れます。小規模な活動であれば、地域の財団や企業のCSR活動への提案も考えられます。
3. 活動を活性化させるアイデア
- 異文化・多世代交流の促進: 多様なバックグラウンドを持つ人々同士が互いに聞き書きを行うペアリングを企画することで、より深い異文化・多世代交流が生まれます。
- 他の表現手法との組み合わせ: 聞き書きの内容を基に、演劇、朗読、映像、絵画、音楽などのアート作品を制作し、発表会を行うなど、表現の幅を広げることで、より多くの人々の関心を引きつけ、共感を呼び起こすことができます。
- 地域イベントとの連携: 地域の祭りやイベントで聞き書きの成果を発表したり、簡易な聞き書き体験コーナーを設けたりすることで、プロジェクトの認知度を高め、新たな参加者を募ることができます。
- オンラインでの展開: ウェブサイトやSNSで聞き書きの一部を公開したり、オンラインでの交流会や報告会を実施したりすることで、地理的な制約を超えた発信や参加が可能になります。
まとめ
地域に暮らす人々の「声」に耳を傾ける聞き書きやインタビューの活動は、参加者自身の成長を促し、地域の多様性を発見し、世代や背景を超えた相互理解を深める平和教育の実践として非常に有効です。大規模な予算や特別な施設がなくても、身近なツールや地域の協力、そして企画・運営の工夫次第で、実施は可能です。
この活動を通して集められた一つひとつの「声」は、地域の歴史や文化、そして平和への願いを織りなすタペストリーとなり、地域社会全体の共生力を高める力となります。本稿で紹介したヒントが、皆様の地域での平和を学ぶ、平和を創る活動の一助となれば幸いです。地域の多様な声に耳を澄まし、共に未来を築いていくための歩みを進めていきましょう。