言葉で紡ぐ共生:書くことを通じた平和教育ワークショップの実践事例と応用ヒント
言葉で紡ぐ共生:書くことを通じた平和教育ワークショップの実践事例と応用ヒント
平和教育は、対話や多様な表現を通じて、私たちを取り巻く世界や他者との関係性を深く理解する学びのプロセスです。多岐にわたるアプローチがある中で、「書くこと」は自己の内面と向き合い、静かに他者の声に耳を傾けるための有効な手法となり得ます。書くという行為は、特別な技能を必要とせず、低コストで始められるため、学校や地域社会での平和教育活動に取り入れやすい特性を持っています。
この記事では、「書くこと」を主軸とした平和教育ワークショップの実践事例をご紹介し、その具体的な手順、参加者の反応、そして活動を企画・実施する上で応用可能なヒントを探ります。
実践事例:地域で「わたしの声」を紡ぐワークショップ
ある地域のNPOが企画した「わたしの声」を紡ぐワークショップは、多様な背景を持つ地域住民が、言葉を通して互いを理解し、地域での共生について考える機会を提供することを目的としました。対象者は、年齢や国籍、障がいの有無に関わらず、地域に暮らす人々です。
目的
- 参加者が自己の経験や感情を言葉にする機会を得ること。
- 他者の多様な視点や価値観に触れ、共感を育むこと。
- 「書くこと」を通じて、自分と地域社会との繋がりや、共生について考えるきっかけとすること。
具体的な手順
このワークショップは、全3回の構成で実施されました。
- 第1回:自己と向き合う「わたしの好きなこと」
- 導入:簡単なアイスブレイクと、ワークショップの目的・安全な場作りについての説明。
- テーマ提示:「わたしの好きなこと」について自由に書いてみましょう。五感を使って、色や音、匂い、感触などを思いつくまま言葉にしてみます。箇条書きでも、短い詩でも、エッセイでも構いません。
- 書く時間:静かなBGMを流しながら、20分程度各自で書く時間を取りました。
- 共有:希望者のみ、書いたものを発表。発表しない方も、書く中で気づいたことや感じたことを一言話す時間を設けました。
- ふりかえり:書くこと、他者の話を聞くことで何を感じたかを参加者同士で話し合いました。
- 第2回:他者の視点に触れる「もし、わたしが〇〇だったら」
- 導入:前回のふりかえりと、今回のテーマの説明。
- テーマ提示:「もし、わたしが地域に暮らす〇〇さん(例:外国から来た方、高齢の方、子育て中の方など、具体的な属性を挙げる)だったら、どんなことを感じ、何を考えながら日々を過ごしているだろう?」という問いについて書きます。想像力を働かせ、普段とは異なる視点に立ってみる試みです。
- 書く時間:20分程度。
- 共有:希望者が発表。発表後、書いた内容について質問があれば受け付け、異なる視点から見た地域の様子について話し合いました。
- ふりかえり:書くこと、聞くことを通じて、他者の経験や感情についてどのような発見があったかを共有しました。
- 第3回:未来へ紡ぐ「〇〇な地域を創るために、わたしができること」
- 導入:これまでのワークショップをふりかえり、今回のテーマへと繋げます。
- テーマ提示:第1回で向き合った自分自身、第2回で想像した他者の視点を踏まえ、「お互いを尊重し、安心して暮らせる地域を創るために、わたしができることは何か?」について書きます。具体的な行動でも、心構えでも、誰かへのメッセージでも構いません。
- 書く時間:20分程度。
- 共有:希望者が発表。発表後、参加者全体で、書かれた言葉から見えてくる希望や課題、そして共通の願いについて話し合いました。
- まとめ:ワークショップ全体をふりかえり、「書くこと」の力を再確認しました。書かれた作品を、後日地域施設の壁新聞に掲載する計画を伝えました。
使用したツールや資料
- 筆記用具(ノート、ペン)
- テーマ提示カードまたは模造紙
- 静かなBGM
- (必要に応じて)テーマに関する写真や短い紹介文
参加者の反応
初めて書くことに挑戦する方、普段から日記などをつけている方など様々でしたが、多くの方が集中して書く時間を持っていました。最初は「書くことが思いつかない」と話す方もいましたが、具体的なヒント(五感を使う、具体的な場面を想像するなど)を伝えると書き始められる様子が見られました。共有の時間では、他者の書いた言葉に共感したり、自分とは全く異なる視点からの表現に驚きや発見があったりする反応が多く見られました。「普段話す機会がないけれど、文字を通して考えが伝わった」「自分の気持ちを整理する良い機会になった」といった感想も聞かれました。
得られた成果
参加者にとって、自身の内面や経験をじっくりと見つめ直し、言葉にする貴重な機会となりました。他者の書いた言葉に触れることで、多様な価値観や生き方への理解が深まり、共感が生まれました。書かれた言葉を共有するプロセスは、参加者同士の新たな繋がりを生み、地域に対するそれぞれの思いや願いを分かち合う場となりました。特に、普段あまり自分の意見を声に出さない方でも、書くという形式であれば表現しやすいという側面も見られました。
直面した課題と工夫点
- 書くことへの苦手意識: 「うまく書けないといけないのでは」というプレッシャーを感じる参加者もいました。
- 工夫: 「上手さではなく、感じたこと、考えたことを素直に言葉にしてみましょう」「誤字脱字を気にしない」「箇条書きでも単語だけでも良い」といった声かけを丁寧に行いました。様々な文体や表現方法の例を提示し、自由に書いて良い雰囲気を醸成しました。
- 共有の場の安全性確保: 書いたものは個人的な内面を表現するものであるため、安心して共有できる場であることが不可欠です。
- 工夫: ワークショップ冒頭で「聴く人は最後まで静かに聴く」「発表内容を否定したり評価したりしない」「プライバシーに配慮する」といった基本的なルールを明確に伝えました。発表は希望者のみとし、強制しないことを徹底しました。発表後も、内容について掘り下げる質問ではなく、書かれた言葉そのものへの共感や、自身の感じた変化について話すよう促しました。
- 多様な背景を持つ参加者が安心して書けるテーマ設定: デリケートなテーマは、参加者の過去の経験を刺激する可能性があります。
- 工夫: 直接的に紛争や対立に触れるのではなく、「好きなこと」「もし〇〇だったら」「未来への願い」といった、比較的身近で前向きな、あるいは想像力を働かせやすいテーマから段階的に取り組みました。地域性や参加者の関心事を事前にリサーチし、テーマに反映させることも重要です。
読者が自身の活動に応用するための具体的なヒント
この事例から、皆さんの活動に応用できるいくつかのヒントを抽出します。
- テーマ設定の多様性: 「書くこと」のテーマは無限にあります。自己紹介、過去の出来事、未来への希望、感謝、怒り、問いかけ、誰かへの手紙など、参加者の年齢や関心、活動の目的に応じて柔軟に設定してください。地域に特化したテーマ(例:「わたしの好きな地域の風景」「この町の歴史を旅する」「地域の課題を解決するアイデア」)も、地域への愛着や共生意識を育む上で有効です。
- 「書く」以外の表現との組み合わせ: 文字だけでなく、絵や写真、コラージュなど、他の表現方法と組み合わせることも効果的です。五感を刺激するワーク(匂いを嗅いで言葉にする、音を聴いてイメージを書くなど)を取り入れると、より多様な表現を引き出せます。
- 共有方法の工夫: 全体での発表が難しい場合は、少人数グループでの共有、書いたものを壁に貼って自由に見て回るギャラリーウォーク形式、無記名での提出と読み上げなど、様々な共有方法を検討してください。書いたものを冊子にまとめたり、Webサイトで公開したりすることも、参加者のモチベーションを高め、活動の成果を可視化することに繋がります。
- 低コストでの実施: 書く活動は、基本的な文房具と場所があれば実施可能です。公共施設の会議室や地域の集会所などを活用し、参加費を抑えることで、より多くの人が参加しやすくなります。
- 異文化・多世代交流の促進:
- 異文化: 母語で書くことを許可したり、簡単な単語であれば翻訳をサポートしたりすることで、多文化背景を持つ方も参加しやすくなります。異文化に触れるテーマ(例:「あなたの国の好きな言葉」「世界の挨拶を書いてみよう」)も交流を深めます。
- 多世代: 子供には短い言葉や絵、大人には少し長めの文章など、年代に合わせて書く形式を調整したり、同じテーマでそれぞれの世代が書いたものを共有し、価値観の違いや共通点を発見する機会を設けることが有効です。子供が書いた言葉に大人が感想を書く、大人が書いた文章を子供向けに読み聞かせるなどの交流も考えられます。
- ファシリテーションの役割: 安全な場作りと参加者への丁寧な声かけが最も重要です。書くことを「評価される」時間ではなく、「自分と向き合い、他者と繋がる」時間として位置づけられるよう、ファシリテーターが雰囲気作りをリードしてください。
まとめ
「書くこと」は、特別なスキルがなくても誰もが取り組める、静かで力強い自己表現の手段です。平和教育において、書くことを通じて自己の内面を探求し、他者の多様な声に耳を傾ける機会を提供することは、共感や相互理解を育む上で非常に有効です。
ここで紹介した実践事例や応用ヒントが、皆さんの地域や学校での平和教育活動の企画・実施において、新たな一歩を踏み出すための示唆となれば幸いです。「書くこと」のワークショップを通じて、多様な人々が安心して自分自身を表現し、互いを尊重し合える、豊かな共生社会を共に創り上げていくことを願っています。