地域にある多文化空間を巡る平和学習:スタディツアーの実践事例と応用ヒント
平和教育や共生をテーマにした活動では、参加者が多様な文化や背景を持つ人々と直接的に触れ合い、理解を深める機会を提供することが重要です。特に、地域社会に暮らす多様なルーツを持つ人々の存在は、身近な異文化理解の入り口となります。本記事では、地域に点在する外国籍住民にゆかりのある店舗や施設を巡るスタディツアーを平和学習として実施した事例を取り上げ、その具体的な内容や活動を企画する上でのヒントをご紹介します。
実践事例:地域多文化空間スタディツアー「私たちのまちの〇〇を訪ねて」
ここでは、ある地域NPOが企画・実施した多文化空間スタディツアーの実践事例を基に解説を進めます。
活動の目的と対象者
このスタディツアーは、「地域に暮らす多様な人々の文化や生活に触れ、身近な異文化を理解すること」「参加者間の交流を促進し、多様性を肯定的に捉える視点を養うこと」を主な目的として企画されました。
対象者は広く地域住民とし、特に学校関係者、保護者、高齢者、学生など、普段あまり異文化交流の機会がない人々への参加を促しました。地域活動に関心のあるNPO職員や行政担当者の参加も想定しました。
具体的な手順と内容
ツアーは半日程度の日程で、地域の公共交通機関と徒歩を利用して実施されました。主な手順と内容は以下の通りです。
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企画・準備:
- テーマ設定: 「食文化から見る地域の多様性」など、参加者が興味を持ちやすいテーマを設定しました。
- 訪問先の選定と交渉: 地域にあるエスニックレストラン(ネパール料理、ベトナム料理など)、ハラール食品店、外国籍住民が多く利用する教会やコミュニティスペースなどをリストアップ。事前に施設管理者や店主に連絡を取り、活動の目的を丁寧に説明し、訪問と短い説明・交流時間の可否について交渉しました。活動の趣旨に賛同し、協力してもらえる場所を複数確保しました。
- ルート設定: 訪問先間の移動時間や参加者の負担を考慮し、効率的で安全なルートを設定しました。
- 資料作成: 訪問先の簡単な紹介(歴史、文化、宗教、お店の特徴など)、簡単な挨拶や感謝の言葉の現地の言葉での例、訪問時に配慮すべき点などをまとめた小冊子を作成しました。参加者から訪問先への質問を事前に集約し、訪問先に共有できるようリスト化しました。
- ボランティアスタッフ手配: 多言語対応ができるボランティアや、訪問先文化に詳しいボランティアに協力を依頼しました。
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参加者募集と事前準備:
- 地域の広報誌、NPOのウェブサイトやSNS、公民館や図書館へのポスター掲示、学校や自治体窓口への案内配布など、多様な媒体で参加者を募集しました。
- 参加確定者には、事前に活動の目的や簡単な注意事項を記載した案内を送付しました。
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ツアー実施:
- オリエンテーション: 集合場所で、ツアーの目的、一日の流れ、訪問先の簡単な紹介、訪問時のマナーや注意点について説明を行いました。参加者同士の簡単な自己紹介やアイスブレイクも実施しました。
- 各訪問先での活動: 訪問先では、受け入れ側(店主や施設関係者)から場所の紹介や文化・商品の説明をしてもらいました。参加者からの質問時間を設け、積極的に交流を促しました。試食や、簡単な現地の言葉での挨拶練習などの体験も含まれる場合がありました。
- 移動中: 移動中には、参加者同士で感想を共有したり、ボランティアスタッフが補足情報を提供したりする時間を取りました。
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ツアー後のフォロー:
- 解散前に、参加者全体で簡単な感想を共有する時間を設けました。
- 後日、アンケートを実施し、参加者の満足度や学び、改善点について意見を収集しました。
- 希望者向けに、ツアーの写真を共有したり、訪問先の食文化をさらに体験したりする交流会を別途企画しました。
使用したツールや資料
- ルートマップ、訪問先紹介資料
- 簡単な多言語挨拶集
- 参加者名簿、連絡先リスト
- 筆記用具
- アンケート用紙
- (必要に応じて)通訳ボランティア
- (許可を得て)写真・ビデオ撮影用具
参加者の反応と得られた成果
参加者からは、「こんなお店や場所が地域にあったなんて知らなかった」「店員さんとの短い交流が楽しかった」「メディアで見るイメージとは違う、等身大の生活に触れられた」「普段話すことのない世代やバックグラウンドの人と話すきっかけになった」といった好意的な感想が多く寄せられました。
成果としては、参加者の異文化への関心や理解が深まり、地域に暮らす多様な人々への親近感が増したことが挙げられます。また、訪問先である店舗や施設の存在が地域住民に認知され、新たな繋がりが生まれた事例もありました。参加者同士の緩やかなネットワーク形成にも繋がりました。ステレオタイプや偏見に気づくきっかけとなったという声もありました。
直面した課題とそれを乗り越えるための工夫点
- 課題1:訪問先の選定・交渉の難しさ
個人経営の店舗などは、日々の業務がある中で受け入れ体制を整えるのが難しい場合がありました。また、宗教施設などは部外者の立ち入りに制限がある場合もありました。
- 工夫点: 事前に地域の国際交流協会、多文化共生センター、自治体の多文化共生担当課などに相談し、協力的なお店や施設、キーパーソンを紹介してもらいました。訪問の趣旨と参加者の人数、滞在時間、求める交流内容(説明のみか、体験含むかなど)を具体的に伝え、受け入れ側の負担を最小限にする配慮をしました。謝礼として、金銭的なものだけでなく、参加者からの寄せ書きや地域の特産品を贈呈するなど、多様な形を検討しました。
- 課題2:言語の壁
訪問先の担当者が日本語を話せない場合や、参加者からの質問をスムーズに伝えるための対応が必要でした。
- 工夫点: 多言語対応が可能なボランティアスタッフに同行を依頼しました。事前に質問事項を集約し、翻訳して訪問先に渡しておくことで、回答の準備をしてもらうことができました。簡単な挨拶や感謝の言葉は、参加者全員で練習してから訪問しました。
- 課題3:参加者の関心度や背景のばらつき
多様な人々が参加するため、異文化に対する知識や関心度に差があり、全員が同じように満足するプログラムにするのが難しい側面がありました。
- 工夫点: オリエンテーションで活動の目的を丁寧に説明し、主体的な参加を促しました。訪問先での説明は分かりやすい言葉遣いを心がけてもらうよう依頼しました。移動中や休憩時間に参加者同士やスタッフとの対話の機会を多く設け、それぞれのペースで学びや気づきを得られるようにサポートしました。事前の案内で、訪問先の文化や背景について軽く予習しておくことを推奨しました。
- 課題4:時間配分と安全管理
複数の場所を限られた時間で巡るため、時間管理が重要であり、また参加者の安全確保も必要でした。
- 工夫点: 各訪問先での滞在時間を事前に厳密に決め、参加者に周知しました。移動ルートは安全な道を選び、交通量の多い場所ではスタッフが誘導を行いました。休憩時間や水分補給の時間を確保しました。参加者の体調を確認しながら進行しました。
読者の活動に応用するためのヒント
この事例から、皆さんの地域での活動に応用できるいくつかのヒントを抽出します。
- 多様な参加者への配慮:
- 事前の広報や説明会で、活動の目的や内容を分かりやすく伝える。
- 参加者の年齢層や体力、関心度に合わせて、ルートやプログラム内容を調整する。
- 休憩時間を十分に確保し、体調に不安がある参加者への配慮を行う。
- 子供向けの簡単なワークシートを用意したり、高齢者でも参加しやすいように短時間・短距離のルートを設定したりするなど、対象を意識した工夫を取り入れる。
- 参加者同士が自然に交流できるよう、ペアワークや小グループでの話し合いの時間を意図的に設ける。
- 少ない予算で実施する工夫:
- 会場費がかからない公共空間(公民館など)や、訪問先の協力を得られる場所を活用する。
- 資料は手作りや、インターネット上の公開情報を活用して作成する。
- スタッフは基本的にボランティアで運営する。
- 訪問先への謝礼は、金銭的なものにこだわらず、感謝状、記念品、参加者からのメッセージなどを検討する。
- 参加費を設定し、経費の一部を賄う。ただし、参加しやすい金額設定とする。
- 自治体の助成金や、地域の企業・団体からの寄付を募ることも視野に入れる。
- 活動を活性化させるアイデア(異文化・多世代交流の視点を含む):
- 訪問先の人々(店主、施設利用者など)に、簡単な母語講座、料理の実演・試食、伝統衣装の紹介、民族音楽の演奏など、体験型のプログラムをお願いしてみる。
- ツアー中に、参加者が特定のテーマ(例:「この地域に来て驚いたこと」「故郷の好きな食べ物」など)について、訪問先の人や他の参加者にインタビューするミッションを設定する。
- ツアーで撮影した写真を使った写真展や、参加者の感想文を集めた報告書を作成し、地域に公開する。
- 地域の文化祭や国際交流イベントと連携し、合同企画として実施することで、より多くの人の目に触れる機会を作る。
- ツアー参加者を対象にした、後日のフォローアップイベント(料理教室、映画鑑賞会、言語交換会など)を企画し、交流の継続を促す。
- ツアーのテーマに関連する事前学習会(例: 訪問先の国の地理や歴史、宗教に関する簡単な講座)や、事後学習会を実施する。
まとめ
地域にある多文化空間を巡るスタディツアーは、身近な場所で異文化に触れ、多様性を学ぶための実践的な平和学習の手法の一つです。この活動は、参加者がステレオタイプを乗り越え、地域に暮らす多様な人々の存在を肯定的に受け止めるきっかけとなります。また、訪問先であるお店や施設にとっても、地域社会との新たな繋がりを築く機会となり得ます。
活動を企画・実施する際には、訪問先との丁寧な連携、参加者へのきめ細やかな配慮、そして活動の目的を明確に伝えることが成功の鍵となります。限られた予算の中でも、創意工夫を凝らすことで、参加者にとって忘れられない学びと交流の場を創出することは十分に可能です。
この記事で紹介した事例やヒントが、皆さんが地域で取り組む平和教育や共生に向けた活動の一助となれば幸いです。身近な地域の多様性を再発見する旅を通じて、「平和を学ぶ、平和を創る」活動をさらに豊かに展開していきましょう。