世代や背景を超えた対話の場作り:平和教育ワークショップ事例とそのファシリテーションのヒント
対話が拓く平和への道:地域における実践とその可能性
平和を学ぶ、平和を創る活動において、多様な人々が互いの考えや経験を共有する「対話」の重要性は増しています。特に地域社会においては、異なる世代、文化背景、価値観を持つ人々が共に生きる中で、相互理解を深め、より包容的なコミュニティを築くことが求められています。本稿では、地域で実践された対話型ワークショップの事例を通して、多様な参加者を包摂し、深みのある学びを促すための具体的な手法やファシリテーションの工夫、そして自身の活動に応用するためのヒントを探ります。
事例紹介:地域交流センターでの「わたしの平和、あなたの平和」ワークショップ
ある地域のNPOが主催した「わたしの平和、あなたの平和」と題したワークショップの事例を紹介します。このワークショップは、地域住民が日常生活の中での「平和」について考え、他者の多様な視点に触れる機会を提供することを目的としていました。
活動の概要
- 目的:
- 参加者それぞれが考える「平和」を言語化し、共有する。
- 多様な視点や価値観に触れることで、平和に対する理解を深める。
- 世代や背景を超えた参加者間の緩やかな繋がりを育む。
- 対象者: 地域住民(小学生から高齢者まで、約30名)。国籍や障がいの有無に関わらず参加を呼びかけました。
- 実施場所: 地域の交流センターの広間。
- 所要時間: 約2時間30分。
具体的な手順と工夫
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導入・アイスブレイク(30分):
- 和やかな雰囲気作りのため、簡単な自己紹介と「最近あった小さな良いこと」を隣の人と共有する時間を設けました。
- ワークショップ全体の目的と流れを明確に説明し、安心して話せる場であること(「話している人を否定しない」「自分の意見を無理に曲げない」など)を伝えました。
- 工夫点: 参加者の緊張をほぐし、話しやすい雰囲気を作ることを重視しました。多世代が参加するため、専門用語を使わず、分かりやすい言葉で説明しました。
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「わたしの平和」を考える・表現する(30分):
- 個人ワークとして、「あなたにとって平和とは何ですか?」「平和だと感じるのはどんな時ですか?」といった問いに対し、静かに考え、配られたカードに書き出したり、簡単な絵や図で表現したりしてもらいました。
- 工夫点: 答えに「正解」はないことを伝え、自由に発想できる環境を整えました。書くのが難しい参加者には、サポーターが付き添い、話を聞きながら代筆するなどの配慮を行いました。
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少人数グループでの対話(60分):
- 異世代・異文化の参加者が混ざるようにグループ分け(4〜5名)を行いました。
- 各グループで、個人ワークで考えた「わたしの平和」について順番に話し合いました。ファシリテーターは各グループを回り、対話を見守り、必要に応じて問いかけを促しました。
- 使用したツール: 各グループに模造紙とカラーペン、付箋を用意し、話し合った内容やキーワードを自由に書き出せるようにしました。
- 工夫点: 各グループに話し合いのガイドライン(「一人が長く話しすぎない」「相手の話を最後まで聞く」など)を提示しました。対話が行き詰まった際には、「〇〇さんの話を聞いて、どう感じましたか?」など、次の発言を促す具体的な問いかけをしました。高齢者の参加者には、座り心地の良い椅子を用意し、声の大きさに配慮しました。
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全体共有・振り返り(30分):
- 各グループから話し合った内容の一部や、特に印象に残った意見、発見などを全体で共有しました。
- ワークショップ全体を通して感じたこと、気づいたことを一人ずつ簡単に話す時間を設けました。
- 工夫点: グループからの発表は、必ずしも「まとめ」である必要はなく、気づきや疑問でも良いことを伝えました。発言が苦手な参加者もいるため、無理強いはせず、拍手や頷きで参加を示す形でも良いことを伝えました。
参加者の反応と成果
- 当初は世代間の隔たりを感じていた参加者も、個人的な経験に基づく「平和」の話を聞くことで共感や新たな発見があったという声が多く聞かれました。
- 「身近な生活の中に様々な形の平和があることを初めて意識した」「自分とは全く違う考え方を知ることができて面白かった」といった感想がありました。
- ワークショップ後も、参加者同士で挨拶を交わしたり、別の地域のイベントで再会したりするなど、緩やかな繋がりが生まれたという報告がありました。
- 参加者にとって、自身の考えを安心して表現できる場、他者の多様な視点に触れる貴重な機会となりました。
直面した課題と解決への工夫
- 課題1:特定の参加者の発言が長くなり、他の参加者が話しにくくなる。
- 工夫: 導入時に「一人が長く話しすぎず、みんなで話す時間を大切にしましょう」と明確に伝える。グループワーク中は、ファシリテーターが巡回し、声かけや時間配分を意識的に調整する。
- 課題2:抽象的なテーマのため、対話が深まらないグループがある。
- 工夫: 個人ワークの問いかけをより具体的にする(例:「朝起きて平和だと感じる瞬間は?」「子どもの頃、平和について考えたことは?」)。グループワークで使える、より掘り下げた問いかけリストを用意し、必要に応じて提供する。
- 課題3:感情的な意見や、他の参加者が受け止めにくい意見が出た場合の対応。
- 工夫: 「ここでは様々な意見があることを認め合います」という姿勢を強調する。ファシリテーターは中立的な立場で傾聴し、特定の意見への賛否ではなく、「〇〇さんの意見を聞いて、どう感じましたか?」のように、他の参加者の内省や共感を促す声かけに努める。
自身の活動に応用するためのヒント
本事例から、皆さんの地域での平和教育活動に応用できるいくつかのヒントを抽出します。
1. 安心・安全な場作りの徹底
対話を中心とした活動において最も重要なのは、参加者が安心して自分の考えや感情を表現できる場であることです。そのためには、導入時にルールやグランドルールを丁寧に説明し、参加者同士がお互いを尊重する雰囲気を作ることから始めます。否定しない、傾聴する、秘密を守るなど、基本的な対話の姿勢を共有することが有効です。
2. 問いかけの質と工夫
対話の深さは、投げかけられる問いによって大きく左右されます。抽象的なテーマでも、参加者自身の具体的な経験や感覚に結びつくような問い(例:「あなたの好きな場所で、平和だと感じるのはどんな時?」「子どもの頃に感じた、ちょっとした不公平はどんなことだった?」)を設計することで、個人的な語りが引き出されやすくなります。また、問いかけを事前に準備し、参加者の様子を見ながら調整できるようにしておくと良いでしょう。
3. 多様な参加者への配慮
- 言葉: 専門用語を避け、誰にでも分かりやすい言葉を使います。必要に応じて、異なる言語への対応や、手話通訳、要約筆記などの手配も検討します。
- 時間: 休憩時間を十分に確保し、長時間の活動にならないよう配慮します。高齢者や子どもの集中力持続時間を考慮したプログラム構成が望ましいです。
- 手法: 話すことが苦手な参加者には、書く、絵を描く、カードを選ぶなど、非言語的な表現手段を提供します。少人数での話し合いや、1対1での対話を取り入れることも有効です。
- 環境: 車椅子での参加を想定した会場設営や、大きな声が出せない人への配慮など、物理的な環境整備も重要です。
4. 低コストで実施するためのアイデア
対話型ワークショップは、高価な機材や特別な場所を必要としない場合が多く、比較的低コストで実施可能です。
- 場所: 公民館や学校の教室、地域の公園や空きスペースなどを活用します。
- ツール: 模造紙、付箋、ペン、身近な物品(石、葉っぱなど)を対話のきっかけに使う、フリー素材の画像を印刷するなど、手軽に入手できるものやリサイクル品を利用します。
- 資料: 配布資料は必要最低限にし、プロジェクターやホワイトボードで共有するなど、印刷コストを抑える工夫も考えられます。
- 人件費: 謝礼が必要な場合もありますが、ボランティアの協力を募る、学生インターンを受け入れるなども検討できます。
5. ファシリテーションの役割
ファシリテーターは、単に進行役を務めるだけでなく、参加者全員が安心して発言できる雰囲気を作り、対話が深まるように介入する役割を担います。特定の意見に賛同したり反論したりせず、中立的な立場で傾聴し、参加者同士の相互作用を促進します。時には、対話の方向性を修正したり、感情的な意見に対して穏やかに対応したりするスキルが求められます。ファシリテーター自身のトレーニングや経験も重要です。
まとめ:対話の積み重ねが創る平和な地域社会
地域における平和教育活動は、特別なイベントであるだけでなく、日常生活の中での小さな対話の積み重ねによっても実現されます。世代や背景の異なる人々が互いの声に耳を傾け、異なる視点があることを知り、尊重し合う経験は、地域社会に根差した平和を育む基盤となります。
今回紹介した対話型ワークショップの事例とそのヒントが、皆様の今後の活動を企画・実施される上で、少しでもお役に立てれば幸いです。対話を通じて多様な声が響き合う地域社会を、共に創り上げていきましょう。