演劇手法で対話と共感を育む:地域での平和教育ワークショップ事例
はじめに:体験を通じて平和を学ぶ演劇手法
地域社会における平和や共生をテーマにした活動を企画・実施される際、多様な背景を持つ参加者が主体的に関わり、深い学びや気づきを得られるような手法を探されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。言葉による説明や議論だけでは伝わりにくい感情や立場を、参加者自身が体験することで理解を深めるアプローチとして、演劇やドラマの手法を取り入れた平和教育ワークショップが注目されています。
演劇手法を用いたワークショップでは、参加者は特定の状況や役割を演じることを通じて、登場人物の気持ちや直面する課題を追体験します。これにより、異なる視点への共感や、対立の構造を理解する力を育むことが期待できます。ここでは、地域で行われた多世代・異文化交流を目的とした演劇手法ワークショップの実践事例をご紹介し、その具体的な進め方や、読者の皆様の活動に応用するためのヒントを探ります。
地域共生を育む演劇ワークショップの実践事例
ご紹介する事例は、地域のNPOが企画した「地域共生ドラマワークショップ」(仮称)です。地域の小中学生、保護者、高齢者、そして外国にルーツを持つ住民など、多様な世代と背景を持つ人々が参加しました。
目的
このワークショップの主な目的は、参加者が互いの文化や価値観の違いを理解し、共感を育むことです。また、地域社会で起こりうる小さな対立や摩擦の可能性のある状況を取り上げ、多様な視点からその状況を体験することで、問題解決に向けた対話の糸口を探る力を養うことも目指しました。
対象者
地域の住民、約30名。年齢層は小学生から70代までと幅広く、国籍も様々でした。
具体的な手順と内容
ワークショップは数時間にわたり、以下のような流れで進行されました。
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アイスブレイクと場作り:
- 簡単な身体を使ったゲームや、自己紹介を兼ねた短いエチュード(即興劇)を行い、参加者間の緊張をほぐし、リラックスできる雰囲気を作りました。演技経験の有無にかかわらず、誰もが安心して「やってみよう」と思えるような声かけを心がけました。
- 「ここでは、演技力は求めません。感じたこと、思ったことを体で表現してみましょう」といったメッセージを伝え、参加へのハードルを下げました。
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テーマの設定と状況の共有:
- 今回のワークショップでは、「地域のごみ捨て場のルール」「公園での子供たちの遊び声」「地域のお祭りの準備」など、地域住民が日常的に関わる中で意見の対立が生じやすい具体的なシチュエーションをいくつか提示しました。
- 参加者で話し合い、特に身近に感じられるテーマを一つ選び、その状況設定(誰が、どこで、何をしている状況か)を具体的に共有しました。
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エチュード(即興劇)による体験:
- 設定された状況に基づき、数人のグループに分かれて短い即興劇を行いました。
- 特に重要なのは、異なる視点を持つ登場人物(例:ごみの分別に厳しい高齢者、夜勤明けで音に敏感な人、外国の分別方法に慣れている人など)の役割を演じ分けることです。
- 同じ状況でも、演じる役割によって感じ方や行動が異なることを体験的に学びました。
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フリーズフレーム(静止画像)と対話:
- エチュードの中で、対立が深まったり、登場人物の感情が大きく動いたりする場面で劇を一時停止(フリーズ)しました。
- 静止した「絵」を見ながら、演じている本人や見ている他の参加者が、「この時、この人はどんな気持ちだろうか?」「なぜこのような状況になったのだろう?」といった問いかけに答えていきます。
- 言葉にならない感情や、状況の構造を客観的に捉え、分析する時間となりました。
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フォーラムシアター(観客参加型演劇)による解決策の模索:
- 対立が深まるシーンから劇を再開しますが、今回は観客(見ていた他の参加者)が「もし、あの時別の行動をとっていたらどうなるか」を提案し、演じている人と交代して、実際にその行動を演じてみます。
- 様々な「もしも」を試すことで、一つの状況に対する複数の可能性や、対話や共生に向けた建設的なアプローチについて探求しました。
- 一つの正解を求めるのではなく、多様な選択肢があること、そしてそれぞれの選択がどのような結果を招く可能性があるかを体験的に学びました。
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振り返りと共有:
- ワークショップ全体を通して、演じたこと、見たこと、感じたこと、気づいたことなどを参加者全体で共有する時間を持ちました。
- 「相手の立場を演じてみて初めて気づいたことがある」「〇〇さんの視点を聞いて、自分の考えが変わった」といった率直な感想が聞かれました。
得られた成果と参加者の反応
参加者からは、「最初は少し恥ずかしかったが、演じているうちにその役の気持ちが分かってきた」「普段は話す機会のない世代や国の人と、同じ空間で体を動かして笑い合えたのが楽しかった」「一つの問題でも、色々な見方があることがよく分かった」といった肯定的な感想が多く聞かれました。異なる背景を持つ人々がお互いの立場を「体験」する中で、共感や理解が深まり、参加者間の心理的な距離が縮まる様子が見られました。ワークショップ後も、参加者同士が挨拶を交わしたり、地域イベントで協力したりする姿が見られるようになりました。
直面した課題とそれを乗り越える工夫
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課題1:演技への抵抗感
- 特に高齢の方や、人前で何かをすることに慣れていない方の中には、最初抵抗を感じる方もいらっしゃいました。
- 工夫: アイスブレイクを丁寧に行い、安心して失敗できる場であること、演技の技術ではなく「体験すること」に価値があることを繰り返し伝えました。また、演じる役割の難易度を調整したり、演じたくない人には観察者や提案者としての役割を用意したりしました。
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課題2:限られた時間での深い対話
- 演劇的な活動に時間を取られると、その後の振り返りや対話の時間が十分に確保できないことがありました。
- 工夫: フリーズフレームやフォーラムシアターといった手法自体が、自然と対話や分析を促す構造を持っていることを活用しました。また、ファシリテーターが適切なタイミングで介入し、参加者の発言を丁寧に引き出すスキルが重要でした。
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課題3:テーマ設定の難しさ
- あまりに複雑な社会問題を取り上げると、参加者が混乱したり、解決策が見出せずに終わってしまったりする可能性がありました。
- 工夫: 最初は参加者にとって身近で、かつ感情移入しやすい具体的な状況を設定しました。また、ファシリテーターがテーマから逸脱しないよう、適宜軌道修正を行いました。
読者の活動に応用するためのヒント
この事例から、読者の皆様の活動に応用できるいくつかのヒントを抽出します。
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多様な参加者への配慮:
- 演劇手法は非言語的な要素が大きいため、言語の壁がある場合でも参加しやすい可能性があります。ただし、振り返りや対話の場面では、通訳や簡単な言葉での説明が必要になる場合があります。
- 身体を使った活動が難しい参加者には、観客として参加し、観察や提案の役割を担ってもらうなど、様々な参加方法を用意することが重要です。
- 異文化や多世代が混ざる場では、それぞれの文化や経験に基づく反応の違いを面白がり、学びの機会として捉える雰囲気作りが大切です。
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少ない予算で実施する工夫:
- 演劇手法のワークショップは、特別な設備や道具がほとんど必要ありません。広い空間があれば実施可能です。
- 台本を用意する必要もなく、即興性を活かすことで、準備にかかる労力やコストを抑えることができます。
- 公共施設の集会室や学校の体育館など、既存のスペースを活用することで、会場費を低く抑えることができます。
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活動を活性化させるアイデア(異文化・多世代交流の視点を含む):
- ワークショップで扱ったテーマやエチュードの内容を、参加者が身近な人に話したり、簡単な発表会として地域に公開したりすることで、活動の広がりが生まれます。
- 異なる文化背景を持つ参加者が、自身の文化における対立解決の方法やコミュニケーションスタイルを劇の中で表現することで、相互理解が深まります。
- ワークショップ後も、参加者同士がゆるやかに繋がれるようなフォローアップの機会(例:懇親会、地域の清掃活動への共同参加など)を設けることで、交流が継続する可能性が高まります。
- テーマ設定に、参加者の多様な視点(異なる文化、世代、立場)を最初から組み込むことで、より豊かで深い学びが生まれます。例えば、「地域のお祭り」というテーマであれば、「若い世代がお祭りに求めるもの」「高齢者が守りたい伝統」「外国ルーツの人が参加しやすい工夫」など、様々な視点から状況設定を行うことができます。
まとめ
演劇・ドラマ手法を用いた平和教育ワークショップは、参加者が頭で理解するだけでなく、体全体で感じ、体験を通じて学ぶことができる有効なアプローチです。異なる立場を演じること、そしてその経験を共有し対話することで、多様な人々への共感や理解が深まり、地域社会における共生関係を育む基盤となり得ます。
ご紹介した事例のように、特別な設備や予算がなくても、身近なテーマと創造的なアイデアがあれば実施可能です。多様な参加者への配慮を忘れず、参加者一人ひとりが安心して自己を表現できる場を丁寧に作り上げることで、対話と共感に満ちた豊かな学びの時間となるでしょう。ぜひ、皆様の平和教育活動に、演劇・ドラマの手法を取り入れることを検討されてみてはいかがでしょうか。