絵本や物語を通じた異文化理解・多世代交流の平和教育:参加型ワークショップ事例とそのヒント
平和教育において、参加者の心に響き、共感や対話を生み出す手法は常に模索されています。多様な背景を持つ人々が集まる地域社会では、それぞれの経験や価値観を尊重し、相互理解を深めるためのアプローチが求められます。本稿では、古今東西で親しまれてきた「絵本」や「物語」を媒介とした平和教育ワークショップに焦点を当て、具体的な実践事例を通して、その可能性と活動に応用するためのヒントを探ります。
絵本・物語が平和教育にもたらす力
絵本や物語は、子供から大人まで、あるいは文化や言語の違いを超えて、人々の心に直接語りかける力を持っています。登場人物の感情に触れ、遠い世界の出来事や異文化の暮らしに思いを馳せることで、他者への想像力や共感を育むことができます。また、物語は比喩や象徴に富んでおり、デリケートなテーマや複雑な社会問題についても、直接的ではない形で問いを投げかけ、参加者自身の内省や対話を促すきっかけとなり得ます。
地域における平和教育活動において、絵本や物語を取り入れることは、参加者がリラックスした雰囲気の中で学び始められるという利点があります。文字を読むことが苦手な方や、自身の経験を言葉にするのに抵抗がある方にとっても、絵や物語の世界に入ることから活動を始めることが可能です。
実践事例:世界と私をつなぐ絵本ワークショップ
ここでは、「世界と私をつなぐ絵本ワークショップ」と題して地域で行われた実践事例を紹介します。このワークショップは、多様な文化背景を持つ地域住民や、異なる世代の交流を目的として企画されました。
- 活動の目的:
- 多様な文化や価値観に触れ、相互理解を深めること。
- 年齢や背景の異なる参加者同士が、絵本や物語を通じて自由に意見を交換し、つながりを築くこと。
- 自分とは異なる他者を受け入れ、共に生きる共生意識を育むこと。
- 対象者: 地域の小学生から高齢者まで、約30名。日本にルーツを持つ人々の他、外国にルーツを持つ人々も複数名参加しました。
- 具体的な手順:
- アイスブレイク(15分): 簡単な自己紹介と、「最近読んで面白かった本」や「好きな色」など、気軽に話せるテーマでのフリートーク。和やかな雰囲気を作ります。
- 絵本の読み聞かせ(20分): 参加者の多様性を意識し、異なる文化圏の物語や、共生、違いを認め合うことなどをテーマにした絵本を複数冊選び、読み聞かせを行いました。必要に応じて、簡単な内容紹介を多言語で行いました。
- グループワーク(40分): 4〜5名の少人数グループに分かれました。グループ構成は、世代や文化背景が偏らないよう配慮しました。絵本の内容について、以下の点を中心に話し合いました。
- 物語を読んで感じたこと、印象に残った場面。
- 登場人物の気持ちについて想像する。
- 物語に出てくる文化や習慣について、自分の知っていることや感じたこと。
- もし自分が物語の世界にいたら、どうするか。
- 物語から学んだこと、気づいたこと。 グループ内では、付箋に感想や意見を書き出し、模造紙に貼りながら視覚的に共有する工夫も行いました。
- 全体共有と対話(30分): 各グループで話し合った内容の一部を全体で共有しました。ファシリテーターは、多様な意見が出やすいように問いかけを行い、参加者同士が互いの発言に耳を傾け、それに対して自分の考えを話す対話の時間を設けました。
- 自分自身と物語をつなげるワーク(20分): 「物語を読んで思い出した自分自身の経験」や「物語に出てくるような出来事が身近で起きたらどう感じるか」などをテーマに、簡単なワークシートに記入したり、絵を描いたりする時間を取りました。
- クロージング(15分): ワークショップ全体の感想を共有し、絵本や物語を通じて得た気づきを日常生活にどう活かせるかについて考えました。参加者同士が感謝の言葉を伝え合い、温かい雰囲気で終了しました。
- 使用したツール・資料: 多様な文化やテーマの絵本(約10冊)、模造紙、カラーペン、付箋、ワークシート(簡単な質問が記載)、お茶やお菓子(任意)。
- 参加者の反応と成果:
- 「普段話す機会のない世代や国の人と話せて楽しかった」「絵本を読むのは久しぶりだったが、新たな視点を得られた」といった声が多く聞かれました。
- 異なる文化背景を持つ参加者が、自身の国の物語や習慣について語る場面があり、自然な形で異文化理解が進みました。
- 子供たちが高齢者の話に耳を傾けたり、一緒に絵を描いたりするなど、世代を超えた温かい交流が生まれました。
- 参加者からは、「自分の周りにも違う考えの人がいることを意識するようになった」「絵本をきっかけにもっと様々な文化を知りたくなった」といった、活動後の変化につながる感想が得られました。
- 直面した課題と工夫:
- 言語の壁: 読み聞かせの際に簡単なあらすじを数カ国語で用意したり、絵が中心の絵本を選んだりする工夫をしました。また、日本語が苦手な参加者には、ペアワークで日本語が話せる参加者と組むなどの配慮を行いました。
- 参加者の集中力や理解度: 子供から高齢者まで対象が幅広いことから、一つの活動時間を短く区切り、飽きさせない工夫をしました。物語のテーマも難解すぎず、かつ示唆に富むものを選びました。
- デリケートなテーマへの配慮: 平和や文化の違いに関するテーマは、過去の経験や個人的な感情に触れる可能性もあるため、ファシリテーターは参加者が安心して話せる安全な場作りを最優先しました。否定的な意見が出た場合でも、頭ごなしに否定せず、「そういう考え方もあるのですね」と一旦受け止め、他の視点を提示するなど、丁寧な対応を心がけました。
- 低コストでの実施: 絵本は図書館の蔵書を活用し、会場は地域の公共施設を利用しました。ボランティアスタッフの協力も得て、全体として運営コストを抑えることができました。
読者の活動に応用するためのヒント
この事例から、地域の活動に絵本や物語を取り入れる上での汎用的なヒントや考慮事項をいくつか抽出します。
- 多様な参加者への配慮:
- 絵本選び: 文字量だけでなく、絵の表現、テーマ、文化的多様性を考慮して選びましょう。特定の文化に偏らず、世界の様々な物語に触れる機会を提供することが望ましいです。
- 言語対応: 多言語での簡単なあらすじ提供や、参加者の母語での読み聞かせができる人を見つける、絵やジェスチャーを多用するなど、言葉の壁を低くする工夫は不可欠です。
- 参加スタイル: 読み聞かせを聞くだけ、絵だけを見る、グループで話す、一人で考える時間など、様々な参加スタイルに対応できるワークショップ設計を心がけましょう。
- 低予算で実施する工夫:
- 既存資源の活用: 公共図書館の絵本、地域の公民館や集会所のスペースなど、既存の資源を最大限に活用しましょう。
- 手作り教材: ワークシートや模造紙、身近にある画材など、特別な道具がなくても実施可能です。
- ボランティア連携: 多様な言語や文化に詳しいボランティア、読み聞かせが得意なボランティアなど、地域のリソースとして活かせる人材は多いです。
- 活動を活性化させるアイデア(異文化・多世代交流):
- 参加者の物語を紡ぐ: 絵本の内容を参考に、参加者自身のこれまでの人生や経験を短い物語として語り合ったり、書き出したりするワークを取り入れる。
- 異文化の絵本交換会: 参加者に自国や思い出の絵本を持ち寄ってもらい、紹介し合う機会を設ける。
- 物語に関連する文化体験: 物語に出てくる食べ物を参加者で持ち寄ったり、関連する歌や遊びを紹介し合ったりすることで、五感を使った深い交流が生まれます。
- 世代間での読み聞かせ: 高齢者が子供に絵本を読み聞かせたり、逆に子供が練習して高齢者に読み聞かせたりするプログラムは、自然な形で世代間交流を深めます。
まとめ
絵本や物語を使った平和教育ワークショップは、特別な知識や高価な機材がなくても始められる、非常にアクセスしやすい手法です。物語が持つ共感の力と、ワークショップによる対話や表現の機会を組み合わせることで、参加者は自身の内面に気づきを得ると同時に、異なる背景を持つ他者への理解を深めることができます。
多様な人々が共に生きる地域社会において、絵本や物語は、世代や文化、経験を超えた人々をつなぎ、平和な関係性を築くための温かく力強いツールとなり得ます。本稿で紹介した事例やヒントが、皆様の今後の平和教育活動の一助となれば幸いです。