ワールドカフェを通じた平和教育:地域での対話の場作り事例と応用ヒント
平和教育の活動において、多様な背景を持つ人々が安心して自己表現し、互いの考えや経験を分かち合う対話の場を設けることは重要です。こうした対話の場作りで有効な手法の一つに、ワールドカフェがあります。ワールドカフェは、リラックスしたカフェのような雰囲気の中で少人数での対話を繰り返し行うことで、参加者全体の意見やアイデアを引き出し、テーマに関する深い理解や新たな気づきを生み出す手法です。
ここでは、地域で平和教育に取り組むNPOが、ワールドカフェを導入して行った実践事例をご紹介し、その具体的な手順、得られた成果、そして活動に応用するためのヒントを探ります。
地域におけるワールドカフェ実践事例:多様な「平和のかたち」を語り合う
ある地域のNPOは、地域の様々な世代や国籍を持つ住民が、互いを理解し、地域における「平和」について共に考える機会が少ないという課題を感じていました。そこで、堅苦しくない雰囲気で自由な意見交換ができるワールドカフェの手法を用いた対話イベントを企画しました。
目的: 地域の多様な人々が、それぞれの経験や視点に基づいた「平和」について語り合い、多角的な理解を深めること。異なる考えを持つ人々との対話を通じて、共生のためのヒントや地域でできる平和への取り組みについて共に考えること。
対象者: 地域住民(約30名)。年齢層は20代から70代まで幅広く、日本人住民に加え、近隣に暮らす外国にルーツを持つ住民も複数名参加しました。
具体的な手順: 1. テーマ設定: 参加者にとって身近でありながら、多様な視点からの対話を促す問いとして、「あなたにとって、地域における『平和』とは何ですか?」「私たちがこの地域で、みんなが安心して暮らせるためにできることは何でしょう?」といったテーマを設定しました。 2. 会場設営: 会場には、4〜5人掛けの小さな円卓を複数用意しました。テーブルクロスをかけ、飲み物とお菓子を用意し、リラックスできるBGMを流すなど、カフェのような雰囲気づくりに努めました。各テーブルには大きな模造紙とマーカーペンを置きました。 3. 導入: イベントの趣旨、ワールドカフェの進め方(テーブルホストの役割、対話のマナーなど)について、丁寧な説明を行いました。誰もが安心して発言できる場であること、多様な意見があることを歓迎する雰囲気を伝えました。 4. ラウンド1: 最初のテーマについて、各テーブルで約20分間対話を行いました。参加者は模造紙に自由にアイデアやキーワードを書き出しました。 5. ラウンド2以降: 対話時間が終了したら、各テーブルの「テーブルホスト」(そのテーブルに残り、次の参加者を迎える人)以外の参加者は、他のテーブルへ移動しました。移動先のテーブルで、前のラウンドでの対話内容をテーブルホストから共有してもらい、そこからさらに新しいテーマや深まった問いについて対話を進めました。これを2〜3回繰り返しました。テーマはラウンドごとに少しずつ発展させたり、新たな視点を加えたりしました。 6. 全体の共有: 全ラウンド終了後、参加者は元のテーブルに戻るか、会場に用意された模造紙ギャラリーを巡り、各テーブルでの対話の軌跡を見ました。その後、いくつかのテーブルから代表者が全体の場で対話を通じて得られた気づきや印象的な意見を発表し、全体で学びを共有しました。 7. まとめ: 参加者からの感想や、今後の活動への示唆などを募り、イベント全体を振り返りました。
使用したツールや資料: 円卓、椅子、テーブルクロス、模造紙、マーカーペン、飲み物、お菓子、BGM、ワールドカフェの手順を説明する簡単な資料、対話のテーマが書かれたカード。
参加者の反応と得られた成果: 当初は緊張していた参加者も、和やかな雰囲気の中で徐々に話しやすくなったようです。「普段話す機会のない世代や国籍の人と率直な話ができて良かった」「自分とは全く違う『平和』のイメージを知ることができた」「地域のために自分も何かできるかもしれないと思った」といった感想が多く聞かれました。具体的な成果としては、参加者同士の新たな繋がりが生まれたこと、イベント後も交流が続いているグループがあること、今回の対話で出たアイデアを元に、NPOが今後の活動テーマを検討するヒントが得られたことが挙げられます。特に、外国にルーツを持つ住民からは、地域の課題や自身の経験について安心して話せる貴重な機会だったという声がありました。
直面した課題とそれを乗り越えるための工夫点
このような対話の場を企画・運営する上で、いくつかの課題がありました。
- 多様な参加者への配慮: 言語の壁や文化的背景の違い、年齢によるコミュニケーションスタイルの差などが考えられました。
- 工夫点: 簡単な日本語での進行を心がけ、必要に応じて多言語対応できるスタッフを配置しました。専門用語を避け、誰もが理解しやすい言葉でテーマを提示しました。年齢に関わらず、対等な立場で話せる雰囲気づくりを意識しました。
- 参加者の発言を促す: 初対面の人が多い中で、積極的に発言できない参加者もいる可能性があります。
- 工夫点: 導入時にアイスブレイクを設け、参加者同士が簡単な自己紹介や共通点探しをすることで場を和ませました。各テーブルに経験のあるファシリテーター(テーブルホスト)を配置し、問いかけや傾聴を通じて参加者の発言を引き出すサポートを行いました。模造紙に書くというアウトプット方法を取り入れたことで、話すのが苦手な人でもアイデアを共有しやすくなりました。
- 対話の質の維持: 対話が脱線したり、一部の人の意見に偏ったりする可能性もゼロではありません。
- 工夫点: テーブルホストが、対話のテーマから大きく外れていないかを見守り、必要に応じて問いかけを戻す役割を担いました。多様な意見を歓迎する場であることを繰り返し伝え、異なる意見が出た場合も否定せず受け止める雰囲気づくりを徹底しました。
- 低コストでの実施: 大規模なイベント予算がない場合でも実施できる方法が必要です。
- 工夫点: 特別な機材や高価な資料は使用せず、模造紙、ペン、既存のテーブルや椅子など、手に入りやすいもの、借りられるものを最大限に活用しました。会場は、公民館や地域のコミュニティスペースなど、比較的安価に利用できる場所を選びました。飲み物やお菓子も、参加者からの差し入れや持ち寄りを募る、あるいは手作りで用意するなど、工夫次第でコストを抑えることができます。
読者が自身の活動に応用するための具体的なヒント
このワールドカフェの事例から、読者の皆様の活動に応用できるいくつかのヒントが考えられます。
- テーマ設定の工夫: 平和教育のテーマを、抽象的な概念だけでなく、参加者の日常や地域課題と結びつけて設定することで、より自分ごととして対話に参加しやすくなります。「地域の困りごと」「未来への希望」「互いを理解するための障壁」など、様々な切り口で問いを立てることが可能です。
- 小規模・短時間での実施: 大規模なワールドカフェが難しい場合でも、数テーブル、1〜2時間程度の小規模な実施から始めることができます。特定のテーマについて深く語り合いたい少人数のグループ活動にも応用可能です。
- 異文化・多世代交流の促進: 意図的に年齢、性別、国籍、背景などが多様な参加者が同じテーブルになるように配慮することで、普段接点のない人々との対話機会を創出できます。多言語でのサポート(翻訳ツールや通訳ボランティアの配置)も検討すると、より多様な参加を促せます。
- ファシリテーター育成の重要性: ワールドカフェの質は、テーブルホストの力量に左右される部分が大きいです。事前に簡単なファシリテーション研修を行う、経験者と未経験者を組み合わせるなど、サポート体制を準備することが重要です。
- アウトプットの活用: 対話の中で模造紙に書き出された内容は、参加者の考えやアイデアの貴重な「見える化」された成果です。これを写真に撮って共有したり、活動報告書にまとめたり、今後の活動計画に反映させたりと、様々な形で活用できます。
- 他の手法との組み合わせ: ワールドカフェで出たアイデアを元に、次のステップとして具体的なワークショップやアクション企画会議を行うなど、他の平和教育手法と組み合わせることも有効です。
まとめ
ワールドカフェは、多様な人々が対等な立場で心を開いて対話できる、平和教育において非常に有効な手法です。本記事で紹介した事例のように、地域の課題や平和というテーマについて、参加者自身の言葉で語り合い、互いの経験や考えに触れる機会を提供することで、相互理解を深め、共生への意識を高めることができます。
低コストで実施可能であり、多様な参加者への配慮やファシリテーションの工夫次第で、より多くの人々が安心して参加できる場となります。ぜひ、皆様の地域や活動において、ワールドカフェの手法を平和を学ぶ、平和を創るための実践的なツールとして活用することを検討されてはいかがでしょうか。